ふとテレビを見ながら思った、河本準一氏の不正受給問題と、内部監査

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先程テレビのバラエティ番組にお笑い芸人の河本準一氏が出演していた。つい先日も番組出演時のコメントで炎上した氏である。「あぁ、またツイッターなどでバッシングされているのだろう」と、おこがましいが哀れんで見ていた。その時にふと、当時努めていた時に先輩から聞いた「内部監査」というものを思い出した。

「何故、性善説で考えられないんですか?」と食ってかかった20代前半

かれこれ7年も前の話であることは断っておかなくてはならない。当時私は、エイチームという会社に在籍し、引越侍(担当当時は引越し価格ガイド)の営業を担当していた。私は丁度中途入社であったが、ほぼ同じタイミングで、Kさん・Mさんという名古屋大学の先輩筋にあたる方々も中途で入社され、その後も二人には大変可愛がって頂いた。この内部監査の話はMさんとの話。Mさんは、当時26歳とは思えない程、落ち着き払い、達観して世をはかなんでいるような、ロシア文学の様な雰囲気をまとった人でした(笑)。ただし抜群に頭は切れ、エイチームが上場する前後の経営企画室を室長として切り盛りしていた。

 

よくお昼を奢って頂いたが、ビルの近くにあるTASTE6という(何故かこの響きを聞くと必ずJazzの名曲TakeFiveを思い出す)小洒落たお店で食事しながら、話をしていた。哲学好きのMさんのせいだったと思うが、何故か話題は、性善説と性悪説に。私は当時「相手を信用することが出来なかったら営業なんか出来ない。そこは、性善説で行くべきだ!」と主張した。Mさんは「ビジネスは絶対に性悪説でやらなくてはならない」と一歩も譲らなかった。

 

私は、「この人は歪んでいる、きっとロシア文学の読み過ぎで、人嫌いになったんだろう(失礼)」と半ば本気で思っていた。ところが、Mさんから続けて出た言葉に、私はすっと引き込まれることになる。

性悪説で仕組みを考えることが本当の意味で優しい

「不正が出来る状況があるのに、『性善説だから誰も不正を働かない』と考えるのは傲慢だ」と。

 

「言い換えると、『誰にもばれないように1,000万円詐取できる状況があるが、誰もそんなことはやらない』と言うのは、経営者として無能だし、逆に相手を思いやる力がない。人間はそんなに良く出来ていない」と。

 

「だから内部監査やビジネスの仕組み作りは性悪説で行なうべきなんだ」と。

 

深いなとは思ったが、当時その本当の意味に気付いてなかったかもしれない。会社を経営すると、大きなチャンスや、大きなお金に遭遇することがある。なるほど確かにMさんが言う様に、そんな時は心が揺れ、判断がブレたりすることがある(ブレた時は得てしていい結果は出ないのだが)そういう状況を、性善説を建前に、相手の倫理観に責任を押し付けることは確かに傲慢なのかもしれない。

 

仕組みの運用は性悪説でやる方が余程社員思いであるのだろう。

 

 

「富めるもは高貴なる義務を背負っているんだ」(NHKスペシャルドラマ『白洲次郎』)

河本氏の不正受給問題から完全に脱線してしまったので、少し戻そう。彼がやったことは決して許されることではない。バッシングコメントなどを見ると、人格を全て否定されるような内容もあるが、全てがそうではなくて、人間の持つ弱さが露呈し、誘惑に負けてしまったのだろう。同じ過ちはきっとしないのであろうが、やはりタレントとしての価値が戻ることはまだまだ先のことだろう。彼の問題から、「人の振り見て」ではないが、我々自身の兜の緒も締めるべきだろう。失った信頼を取り戻すのは容易ではない。

 

伊勢谷友介さんが演じた白洲次郎に大変はまった時期があった。その中に、タイトルの台詞がある

「富めるものは、そうでないものに対して義務がある。英国でいうノブレス・オブリージュ。高貴なる義務を背負っているんだ!」白洲次郎が近衛文麿に諌言するシーンだ。当時は「英国紳士はカッコいいな 」と思った。それが一流の男の倫理観だと思ったからだ。

 

しかし、今少し大人になって改めて見てみると、それは本当に義務なのかもしれない。富めるものが倫理観を失い、私利私欲に走ったらきっと大衆は黙っていない。ノブレス・オブリージュとは英国社会が上手く回る為の1つの知恵なのかもしれない。

まとめ

結果的にトラブルがないのに越したことがないが、トラブルがないように、事前にあらゆる可能性を考慮して、仕組みを作っていくことが、経営においては重要だと改めて感じます。

2014/11/06

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